ホーム あきんどの歩み 会員紹介 元気の出るつぼ 会員名簿 ミナミあきんどクラブ会則 懐かしのフォトストーリー
会員No.13 志野昌弘(しの まさひろ)

志野(株)代表取締役

昭和27年9月21日生

大阪府出身 A型

妻と長女・長男の4人家族。
趣味はゴルフ、旅行。
座右の銘:この世で起こった事はこの世で解決する。
“人に迷惑をかけたらあきまへん” これが我が社のモットーです。
  何でも見たい、経験したい。それに対して労力は惜しまないし、何処へでも出掛けていく――好奇心と冒険心に満ちた人、それが志野昌弘の印象だ。
 高校生の時に、お米をもってキャンプや野宿をしながら、夏休みに四国一周といった具合に、全国を巡った経歴を持つ。大学時代は舞台が海外に変わる。3ヵ月あまりをかけて、「行き当たりばったりでしたね」という世界一周の旅を敢行。もちろん貧乏旅行だ。言葉も英語が少々といった程度である。
 こんな経験が、今のビジネスにも大いに役立っているという。ボタンを中心に、衣料品や、バッグ・ベルトなど身の回り品の付属の卸業をおこなっているが、活躍の場は日本国内に止まっていない。商社を通じ、海外へ販売ルートをのばしている。「商談の相手が外国人だからといって、憶することはありません。住所と、会うのは誰かということがわかっていれば、何処の国へでも行きますしね」。若い頃に培われた度胸の良さが生きている。
 父親の経営する志野株式会社に入社した当初は、「狭い業界かな…」と思っていたそうだが、いざ中に入り、自分でどんどん仕事を進めていくうちに、一つのことに気がついた。それが現在の彼自身を、そしてビジネスを支えている。それは「自らが変化していかないと、何も生まれない」。
 ある時ロシアからワイシャツのボタンを受注ことがあったとか。何千万個の発注量で、しかも納期は1ヵ月半。国内メーカーでは、とてもまかなえない。自ら製造段階から取り組まなければならなくなったのだ。「そのときは必死でしたが、後から思い起こしてみると、どういう風にしてビジネスを成立させるか、そのためにどうすればいいか、あれこれ試行錯誤したのを結構おもしろく感じていたんじゃないですか」。結局は台湾で生産をし、納期に間に合わせた。
 「そんな経験を積むと、狭い範囲で物事を考えることが、いかにチャンスの芽や可能性を摘むかがわかります。国内でうまくいかないなら海外で商品を調達すればいいのですから。まったく自分が知らないことに首を突っ込もうとは思いませんが、取り扱いも服飾にこだわる必要がないと」
 彼は今、高級ボタンに着目し、ビジネスとしても取り組んでいる。「国内で加工されたいい製品は、輸出も可能なんです。アジアに対してね。一見、価格的に高いからダメなんじゃないかと思うのは早計です。中国は日本の10倍の人口があります。そのうち約1割がお金持ち。彼らをユーザーとして見れば、日本と同じだけの、むしろ高級だけにそれ以上の需要が考えられるわけです。実際、インドのビジネスマンが日本へ買い付けに来て、私のところからも高級ボタンを仕入れています。彼らもマハラジャに代表されるお金持ちをターゲットにしているんですね。要は視点を変えれば、いろんなビジネスが創れるのです」
 若い頃に培われた彼の好奇心と冒険心は、海外を視野に、商品の企画提案もしていく商社ビジネスの世界に向いている。だが、仕事人間である一方で、ゴルフもするし、アウトドアも好きだ。かつてトライアスロンに挑戦していたこともあるという彼の気力と体力は、まだまだ充実している。
社 名 志野株式会社

事業内容 衣料付属資材卸売業
ボタン・ベルト・バックル・ホック・スナップ・前カン・肩パット・
インベル・レース・ブローチ・バイアステープ
YKKファスナー特約店・マジックテープ特約店
所在地
大阪市天王寺区生玉町1丁目29
TEL. 06-6772-6544 FAX. 06-6772-5540
創 業 昭和22(1947)年
設 立 昭和34(1959)年
代表取締役 志野昌弘
資本金 1000万円
沿革
昭和22(1947)年
昭和34(1959)年
昭和44(1969)年
昭和52(1977)年
昭和53(1978)年
平成10(1998)年

現会長・志野與章が「志野商店」を創業
法人改組し「株式会社志野商店」を設立
「志野株式会社」に社名変更
天王寺税務署より優良法人表敬
大阪府知事より優良商店として表彰を受ける
志野昌弘が社長就任。現在に至る